高野山訪問 ― 2025年03月15日 14:41
すっかり間があいてしまったが、この間旅行をしていた。いつものように、車による長距離旅行だったが、昨日無事帰宅した。今回の旅行の主な目的は、九州での親族の集りに妻が出席することと、これまで行ったことがなかった和歌山にいくことであった。そして、和歌山にいくからには、高野山にいってみようということだったが、それは、以下のような高野山への「関心」があったからである。
中学の歴史で習うことだが、平安時代に最澄と空海が、それぞれ天台宗の比叡山延暦寺、真言宗高野山金剛峯寺を建立して、その後の日本の二大寺院として今日に到っているのだが、私にとっては、このふたつは、かなり異なる印象をもっていた。というのは、比叡山は、僧兵が暴れたとか、信長に焼き討ちにあったというような武力的な面もあるが、なんといっても、日本の歴史に残る宗教家を輩出したという点で際立っている。源信、法然、栄西、親鸞、道元、日蓮など、高校の教科書には必ず載っているような人物であり、彼等は、みな比叡山で学んでいるのである。一度比叡山を訪れたことがあるが、法然がこもって修行した庵などのように、彼等の庵が名前付きで存在していた。もちろん、本当のものではないだろうが、比叡山といえば、多くの人にとっては、彼等の学んだ場であると認識されているだろう。
しかし、高野山のほうには、そうした有力な宗教家、宗教上の業績をもたらした人物が見当たらないのである。仏教史に詳しいわけではないので、断定はできないが、少なくとも、高校の教科書に宗教家として歴史に名を残した人物は、なかったように思われる。wikipediaの説明をみても、比叡山では、著名宗教家が列挙されており、そうした項目が立てられているが、高野山のほうには、宗教で著名な業績を遺した人物としては、誰も記述されていない。何度も焼失しているので、寺の再建に尽くした僧侶などはでてくるが、寺社としての発展に寄与した業績に過ぎない。
この相異がなぜ生じたのか、それを肌で感じ取ってみたいというのが、今回の訪問の目的だった。時間もかぎられており、全貌をみるのとは、ほど遠いものだったが、逆に重点的に見た場所の影響もあって、この疑問がかなり明確に解けた気がしたのである。
中心的にみたところが、「奥の院」といわれているところで、2キロにわたる参道をともなっている、空海の墓所である。そして、この2キロの参道には、墓石がびっしりと両側に建てられている。そして、驚いたことに、現代の有名な大企業の名前の大きな墓石がたくさんあるし、また、東日本大震災の犠牲者供養等々があるかと思えば、著名な戦国大名や歴史的人物の墓石もみられる。
実は、最初奥の院にいく方向をまちがえて逆に行ってしまったので、長い参道のほとんどを歩くことになったのだが、そのために、この厖大な墓石群を確認することができたのだった。最初から正しい方向で行けば、これほどの墓石が集合していることは実感できなかった。そして、感じたのが、「商業主義」ともいうべきものだった。高野山の歴史をみると、建物の焼失などが頻繁に起こっており、その再建はかなり困難であったようだ。そこで、墓石を「誘致」することで、資金を集め、焼失寺院の再建をはかったのではないかと感じたのである。もちろん、有名な日本の代表的な寺院だから、そこに墓があるということは、名誉なことであるという感覚が、著名人たちにもあったのだろう。そのような双方の思惑の一致が、こうした大規模な墓石群を生みだしたように思われた。
もうひとつ感じたのは、比叡山は、かなり上まで車で昇って見学したのだが、通常の家などは、ほとんどなかったように記憶している。つまり、一帯が寺院として機能していた。ところが、高野山は、当然車で相当な距離を昇って行ったところにあるのだが、寺院がある一帯は、かなり町として開けており、一般家屋や商業施設なども普通にある。山の上にあるにもかかわらず、門前町という雰囲気そのものだった。比叡山は、閉鎖的な宗教空間に閉じこもって、ひたすら思索・修行に励むという雰囲気を感じたのだが、高野山では、宗教施設でありながら、世俗的な経済のなかで、一般的な生活が寺院においても営まれているという雰囲気を感じた。もちろん、これは、私自身のうけた「印象」であるに過ぎないのだが、比叡山と高野山の雰囲気が相当程度異なることは事実であろう。
もっとも比叡山から宗教改革家が輩出したといっても、平安時代末期から鎌倉時代までで、それ以降はほとんど、そうした改革家はみられない。これは、寺院勢力が、封建領主に屈伏していく流れがあったからだろうが、それでも、一時期みられた比叡山修行僧の抵抗精神のようなものが、なぜ、あの時期に活発で、なぜ以後すたれてしまったのかは、別の問題としてあるだろう。
宗教史に詳しいわけではないのだが、五十嵐著作集の作業でも必要になってきているので、今後研究していきたい。
中学の歴史で習うことだが、平安時代に最澄と空海が、それぞれ天台宗の比叡山延暦寺、真言宗高野山金剛峯寺を建立して、その後の日本の二大寺院として今日に到っているのだが、私にとっては、このふたつは、かなり異なる印象をもっていた。というのは、比叡山は、僧兵が暴れたとか、信長に焼き討ちにあったというような武力的な面もあるが、なんといっても、日本の歴史に残る宗教家を輩出したという点で際立っている。源信、法然、栄西、親鸞、道元、日蓮など、高校の教科書には必ず載っているような人物であり、彼等は、みな比叡山で学んでいるのである。一度比叡山を訪れたことがあるが、法然がこもって修行した庵などのように、彼等の庵が名前付きで存在していた。もちろん、本当のものではないだろうが、比叡山といえば、多くの人にとっては、彼等の学んだ場であると認識されているだろう。
しかし、高野山のほうには、そうした有力な宗教家、宗教上の業績をもたらした人物が見当たらないのである。仏教史に詳しいわけではないので、断定はできないが、少なくとも、高校の教科書に宗教家として歴史に名を残した人物は、なかったように思われる。wikipediaの説明をみても、比叡山では、著名宗教家が列挙されており、そうした項目が立てられているが、高野山のほうには、宗教で著名な業績を遺した人物としては、誰も記述されていない。何度も焼失しているので、寺の再建に尽くした僧侶などはでてくるが、寺社としての発展に寄与した業績に過ぎない。
この相異がなぜ生じたのか、それを肌で感じ取ってみたいというのが、今回の訪問の目的だった。時間もかぎられており、全貌をみるのとは、ほど遠いものだったが、逆に重点的に見た場所の影響もあって、この疑問がかなり明確に解けた気がしたのである。
中心的にみたところが、「奥の院」といわれているところで、2キロにわたる参道をともなっている、空海の墓所である。そして、この2キロの参道には、墓石がびっしりと両側に建てられている。そして、驚いたことに、現代の有名な大企業の名前の大きな墓石がたくさんあるし、また、東日本大震災の犠牲者供養等々があるかと思えば、著名な戦国大名や歴史的人物の墓石もみられる。
実は、最初奥の院にいく方向をまちがえて逆に行ってしまったので、長い参道のほとんどを歩くことになったのだが、そのために、この厖大な墓石群を確認することができたのだった。最初から正しい方向で行けば、これほどの墓石が集合していることは実感できなかった。そして、感じたのが、「商業主義」ともいうべきものだった。高野山の歴史をみると、建物の焼失などが頻繁に起こっており、その再建はかなり困難であったようだ。そこで、墓石を「誘致」することで、資金を集め、焼失寺院の再建をはかったのではないかと感じたのである。もちろん、有名な日本の代表的な寺院だから、そこに墓があるということは、名誉なことであるという感覚が、著名人たちにもあったのだろう。そのような双方の思惑の一致が、こうした大規模な墓石群を生みだしたように思われた。
もうひとつ感じたのは、比叡山は、かなり上まで車で昇って見学したのだが、通常の家などは、ほとんどなかったように記憶している。つまり、一帯が寺院として機能していた。ところが、高野山は、当然車で相当な距離を昇って行ったところにあるのだが、寺院がある一帯は、かなり町として開けており、一般家屋や商業施設なども普通にある。山の上にあるにもかかわらず、門前町という雰囲気そのものだった。比叡山は、閉鎖的な宗教空間に閉じこもって、ひたすら思索・修行に励むという雰囲気を感じたのだが、高野山では、宗教施設でありながら、世俗的な経済のなかで、一般的な生活が寺院においても営まれているという雰囲気を感じた。もちろん、これは、私自身のうけた「印象」であるに過ぎないのだが、比叡山と高野山の雰囲気が相当程度異なることは事実であろう。
もっとも比叡山から宗教改革家が輩出したといっても、平安時代末期から鎌倉時代までで、それ以降はほとんど、そうした改革家はみられない。これは、寺院勢力が、封建領主に屈伏していく流れがあったからだろうが、それでも、一時期みられた比叡山修行僧の抵抗精神のようなものが、なぜ、あの時期に活発で、なぜ以後すたれてしまったのかは、別の問題としてあるだろう。
宗教史に詳しいわけではないのだが、五十嵐著作集の作業でも必要になってきているので、今後研究していきたい。
1円硬貨廃止問題 ― 2025年02月16日 17:28
トランプが1セント硬貨の廃止を主張していることが、波紋を呼んでいる。具体的にどのように廃止するのかが明確ではないが、日本でも1円硬貨は廃止すべきだと思っている。ただし、廃止後のありかたが問題である。
私が1992年から1年オランダに滞在したときに、実は、オランダでは1セント硬貨が廃止されていた。ただ、その後ユーロ貨幣がだされた段階で、その方式も終わりになり、現在ユーロでは1セント硬貨があるはずだ。
オランダにいったとき、1セント硬貨がないことなどまったく知らなかったのだが、最初に変だとおもったのは、値札でたとえば13セントの買い物をしたのに、あるべきおつりがなかったからである。聞いてもそのときにはよく理解できなかったのだが、あとで近所の住民にきくと、要するに、1セント硬貨を廃止して、お釣りの計算方式が変わったのだという。
商品には、通常のように、一桁のセントの値段がついている。しかし、通常まとめて買うわけだから、その際に値段の合計の計算をそのまま足すのではなく、
・1、2セントは0
・3~7セントは5セント
・8、9セントは10セントとして計算するのだ。
だから、8セントの商品を買えば、それは10セントとられることになるのだが、5個買えば、50セントではなく、40セントなのである。また、7セントの商品では、1個では5セントになり、5個だと35セントだ。これは1個1個買ったほうがとくになる。
つまり、当時のオランダでは、同じ商品を買う場合でも、どのような個数にするととくになり、あるいは損するのか、ということを、よく考えなければならないわけだ。面倒だといえば面倒だが、買い方によって、実際の値段より安くなるのだから、当然真剣に考えるわけである。しかも、1セントよりも生産コストがかかる硬貨などかなり無駄だから、そうした無駄も省いていた。
このやり方は、ユーロになっても踏襲すべきだと思っていたが、踏襲しなかったのは残念だ。
さて、1円硬貨を廃止して、当然予想される値段設定は、1~4円は5円に、6から9円は10円にしてしまう可能性が高い。つまり実質的な値上げである。こうしたことは、させさせねばならない。むしろ、政治家は、こうした値上げを合理化することを許容することで、財界の支持をえようとしている可能性がある。
私が1992年から1年オランダに滞在したときに、実は、オランダでは1セント硬貨が廃止されていた。ただ、その後ユーロ貨幣がだされた段階で、その方式も終わりになり、現在ユーロでは1セント硬貨があるはずだ。
オランダにいったとき、1セント硬貨がないことなどまったく知らなかったのだが、最初に変だとおもったのは、値札でたとえば13セントの買い物をしたのに、あるべきおつりがなかったからである。聞いてもそのときにはよく理解できなかったのだが、あとで近所の住民にきくと、要するに、1セント硬貨を廃止して、お釣りの計算方式が変わったのだという。
商品には、通常のように、一桁のセントの値段がついている。しかし、通常まとめて買うわけだから、その際に値段の合計の計算をそのまま足すのではなく、
・1、2セントは0
・3~7セントは5セント
・8、9セントは10セントとして計算するのだ。
だから、8セントの商品を買えば、それは10セントとられることになるのだが、5個買えば、50セントではなく、40セントなのである。また、7セントの商品では、1個では5セントになり、5個だと35セントだ。これは1個1個買ったほうがとくになる。
つまり、当時のオランダでは、同じ商品を買う場合でも、どのような個数にするととくになり、あるいは損するのか、ということを、よく考えなければならないわけだ。面倒だといえば面倒だが、買い方によって、実際の値段より安くなるのだから、当然真剣に考えるわけである。しかも、1セントよりも生産コストがかかる硬貨などかなり無駄だから、そうした無駄も省いていた。
このやり方は、ユーロになっても踏襲すべきだと思っていたが、踏襲しなかったのは残念だ。
さて、1円硬貨を廃止して、当然予想される値段設定は、1~4円は5円に、6から9円は10円にしてしまう可能性が高い。つまり実質的な値上げである。こうしたことは、させさせねばならない。むしろ、政治家は、こうした値上げを合理化することを許容することで、財界の支持をえようとしている可能性がある。
フジテレビ問題あれこれ ― 2025年02月13日 19:45
フジテレビの問題はいっこうに収まる様相ではない。いろいろと考えるところがある。古くなってしまった話題が多いが。
文春の「訂正」には驚いた。驚いたのは、文春が、厳密にいえば誤報したわけではない記事について、間違っていたと訂正して、謝罪したことに驚いたことと、文春が誤報していたことで、まるで中居問題やフジテレビ問題が一挙に収束にむかうかのような発言をする人たちがいたことだった。
文春の訂正の趣旨は、第一報では、A氏が中居宅での食事会にXを誘ったと書いたが、それは誤りで、実は中居氏が誘ったのだ、という趣旨だった。しかし、もともとの記事を丹念に読めばわかることだが、そして既に文春自身がその後の説明をしているように、A氏が誘ったとは書いていないのであり、誰が誘ったのかはあいまいに書かれていた。そして、第二報で中居氏が誘ったと明確に誘い主を特定する記事になっていたのである。だから、「A氏が誘った」とは書いていなかったし、更に、第二報ではあるが、誘ったのは中居氏であったことは、きちんと書かれていたのだから、実は訂正するようなことではなかったのである。ただ、橋下氏がさかんにテレビで語っていたので、とにかくことを収めようとして、「訂正記事」を書いたのだろうとおもうが、ただ、テレビのワイドショーのコメンテーターには、文春をきちんと読んでいるとは思えないような、文春批判をしている人が散見されたことは、彼等の「知性」を示しているようで、興味深いものがあった。
オープンの、10時間以上にわたった記者会見は、前に書いたように、最初から最後まで見ていた。途中はどうやって終わらせるのか、という一点に興味があったからずるずると最後までみてしまったのだが、壇上にいた取締役たちは、もっとなんとかできなかったものか、という声が圧倒的に多かったようだ。しかし、いかなる意味でも、記者会見で、記者たち、そして、視聴者たちを納得させる内容の発言をすることは、あの取締役たちには不可能だったといえる。そういう意味では、まったく違った形での記者会見のみが、事態を収める方向を可能にしたのだということだ。そして、それはまだ実現していない。
なぜ、納得させることができないといえるのか。
それは、彼等が話す内容は、基本的には、まったく逆のふたつしかないということ。ひとつは、「真実」「事実」を語ること。そして、もうひとつは、「嘘」を語ること。
もし、真実や事実を語れば、フジテレビ経営者たちの、明らかな人権無視と違法行為を明確に示すことになるのだから、その場は、大紛糾することになっただろう。もちろん、記者たちがそのまま、「そうだったんですか」などと納得するわけがない。
また、嘘をつけばどうか。これが実際に語られた内容であったわけだが、それは、あの場でも記者たちの反応をみればわかるように、それが「嘘」であることは、完全に露呈していた。露呈していたからこそ、10時間も粘られたわけだし、また、終わった段階で、記者会見で納得がえられたという雰囲気はまるでなかった。
つまり、真実を語っても、嘘で誤魔化そうとしても、どちらにしても、納得できる会見になど、最初からなりようがなかったのである。
では、どのような会見だったら、記者たちがある程度納得し、また、スポンサーが戻ってくる可能性を切り開いたのか。これも自明のことで、多くの人が考えていることだろうが、責任あるポストにある人が、早急に全員辞任し、外部から有能な経営者を招聘し、役員に事件とまったく無関係な若手を起用することを、明確に示すことが、最低限必要だったろう。そういうことの発表の場とすれば、雰囲気はがらっと変わったに違いない。いかなる形であっても、「説明」して納得させることは不可能だったのである。いずれ彼等は辞任せざるをえないのだから、そのような形での辞任を演出すれば、彼等の名誉も守られたに違いないとおもうのである。
これに関連して、中居氏や松本人志氏の記者会見を求める意見が強いが、私は、必要ないと思っている。少なくとも、中居氏は引退し、松本氏は事実上の引退情態にある。ここで記者会見をすれば、ただただつるし上げられるための会見になる。いくらなんでも、それは酷ではないだろうか。記者会見が必要だというのは、彼等が公共電波を使用するテレビの仕事を、今後も続けたいという場合である。それは、テレビが公共電波を国によって認可されて使用している媒体だからである。youtubeなどで活動をしていくというのであれば、会見は不要だとおもう。彼等にとって、テレビに出られなくなることは、それ自体としてかなり大きなペナルティなのだから、それで充分なのではなかろうか。
フジテレビの過去の暴挙がいくつも暴かれているが、そのなかで、驚いたのが、老人に、火がついた敷物の上を裸足で歩かせる、という番組があり、大火傷をした情態なのに、病院につれていかず、ただ自宅に送って、放置し、その後重態となって、入院がつづき、数年後に亡くなったという事件である。常識では信じることすらできないような酷いことだが、私自身が、聞いていた番組で、これほどのことではないが、基本的には同じ問題だと感じることがあった。それは、文化放送のラジオだったのだが、男女のアナウンサーが対談していて、熱湯に近いお茶を、ぐっと飲み干すということをしようという内容だった。男性側が比較的ベテランのアナウンサーで、それに対して、女性のアナウンサーが、しきりに「飲みましょう、飲んでください」とけしかけるような感じだった。当初、男性アナウンサーは、自分にとって喉は職業上の大切な部分なので、そこに悪影響を与えるようなことはしたくない、と強く抵抗していたのである。しかし、まわりもはやし立てるような感じて、その女性アナウンサーがしきりに要求するのだ。結局、男性アナウンサーが、熱湯のお茶をのみ、ひどく苦しそうになっていた。
私自身、熱いお茶やコーヒーを飲まないことにしており、必ず冷ましてから飲むので、その男性アナウンサーの気持はよくわかるし、ぜったいに拒否してほしいと思いながら聞いていたのである。だから、実際に飲んでしまったときには、はやし立てているひとたちに本当に怒りを感じた。
このような、人に苦痛を与えて喜ぶような文化が、こうした放送をやっている人にもあるのかと思って、そのことは、今でも鮮明に覚えているのである。それから、その番組は聞かなくなったし、何十年も前のことなので、今は番組自体がない。だが、こうした文化は、学校でのいじめの芽をつくりだしていることは、充分に考えられる。今回のフジの騒動をみていると、公共性をもったメディアでありながら、本当に無責任な人たちが牛耳っている部分があるのだと、憤りを感じざるをえない。
文春の「訂正」には驚いた。驚いたのは、文春が、厳密にいえば誤報したわけではない記事について、間違っていたと訂正して、謝罪したことに驚いたことと、文春が誤報していたことで、まるで中居問題やフジテレビ問題が一挙に収束にむかうかのような発言をする人たちがいたことだった。
文春の訂正の趣旨は、第一報では、A氏が中居宅での食事会にXを誘ったと書いたが、それは誤りで、実は中居氏が誘ったのだ、という趣旨だった。しかし、もともとの記事を丹念に読めばわかることだが、そして既に文春自身がその後の説明をしているように、A氏が誘ったとは書いていないのであり、誰が誘ったのかはあいまいに書かれていた。そして、第二報で中居氏が誘ったと明確に誘い主を特定する記事になっていたのである。だから、「A氏が誘った」とは書いていなかったし、更に、第二報ではあるが、誘ったのは中居氏であったことは、きちんと書かれていたのだから、実は訂正するようなことではなかったのである。ただ、橋下氏がさかんにテレビで語っていたので、とにかくことを収めようとして、「訂正記事」を書いたのだろうとおもうが、ただ、テレビのワイドショーのコメンテーターには、文春をきちんと読んでいるとは思えないような、文春批判をしている人が散見されたことは、彼等の「知性」を示しているようで、興味深いものがあった。
オープンの、10時間以上にわたった記者会見は、前に書いたように、最初から最後まで見ていた。途中はどうやって終わらせるのか、という一点に興味があったからずるずると最後までみてしまったのだが、壇上にいた取締役たちは、もっとなんとかできなかったものか、という声が圧倒的に多かったようだ。しかし、いかなる意味でも、記者会見で、記者たち、そして、視聴者たちを納得させる内容の発言をすることは、あの取締役たちには不可能だったといえる。そういう意味では、まったく違った形での記者会見のみが、事態を収める方向を可能にしたのだということだ。そして、それはまだ実現していない。
なぜ、納得させることができないといえるのか。
それは、彼等が話す内容は、基本的には、まったく逆のふたつしかないということ。ひとつは、「真実」「事実」を語ること。そして、もうひとつは、「嘘」を語ること。
もし、真実や事実を語れば、フジテレビ経営者たちの、明らかな人権無視と違法行為を明確に示すことになるのだから、その場は、大紛糾することになっただろう。もちろん、記者たちがそのまま、「そうだったんですか」などと納得するわけがない。
また、嘘をつけばどうか。これが実際に語られた内容であったわけだが、それは、あの場でも記者たちの反応をみればわかるように、それが「嘘」であることは、完全に露呈していた。露呈していたからこそ、10時間も粘られたわけだし、また、終わった段階で、記者会見で納得がえられたという雰囲気はまるでなかった。
つまり、真実を語っても、嘘で誤魔化そうとしても、どちらにしても、納得できる会見になど、最初からなりようがなかったのである。
では、どのような会見だったら、記者たちがある程度納得し、また、スポンサーが戻ってくる可能性を切り開いたのか。これも自明のことで、多くの人が考えていることだろうが、責任あるポストにある人が、早急に全員辞任し、外部から有能な経営者を招聘し、役員に事件とまったく無関係な若手を起用することを、明確に示すことが、最低限必要だったろう。そういうことの発表の場とすれば、雰囲気はがらっと変わったに違いない。いかなる形であっても、「説明」して納得させることは不可能だったのである。いずれ彼等は辞任せざるをえないのだから、そのような形での辞任を演出すれば、彼等の名誉も守られたに違いないとおもうのである。
これに関連して、中居氏や松本人志氏の記者会見を求める意見が強いが、私は、必要ないと思っている。少なくとも、中居氏は引退し、松本氏は事実上の引退情態にある。ここで記者会見をすれば、ただただつるし上げられるための会見になる。いくらなんでも、それは酷ではないだろうか。記者会見が必要だというのは、彼等が公共電波を使用するテレビの仕事を、今後も続けたいという場合である。それは、テレビが公共電波を国によって認可されて使用している媒体だからである。youtubeなどで活動をしていくというのであれば、会見は不要だとおもう。彼等にとって、テレビに出られなくなることは、それ自体としてかなり大きなペナルティなのだから、それで充分なのではなかろうか。
フジテレビの過去の暴挙がいくつも暴かれているが、そのなかで、驚いたのが、老人に、火がついた敷物の上を裸足で歩かせる、という番組があり、大火傷をした情態なのに、病院につれていかず、ただ自宅に送って、放置し、その後重態となって、入院がつづき、数年後に亡くなったという事件である。常識では信じることすらできないような酷いことだが、私自身が、聞いていた番組で、これほどのことではないが、基本的には同じ問題だと感じることがあった。それは、文化放送のラジオだったのだが、男女のアナウンサーが対談していて、熱湯に近いお茶を、ぐっと飲み干すということをしようという内容だった。男性側が比較的ベテランのアナウンサーで、それに対して、女性のアナウンサーが、しきりに「飲みましょう、飲んでください」とけしかけるような感じだった。当初、男性アナウンサーは、自分にとって喉は職業上の大切な部分なので、そこに悪影響を与えるようなことはしたくない、と強く抵抗していたのである。しかし、まわりもはやし立てるような感じて、その女性アナウンサーがしきりに要求するのだ。結局、男性アナウンサーが、熱湯のお茶をのみ、ひどく苦しそうになっていた。
私自身、熱いお茶やコーヒーを飲まないことにしており、必ず冷ましてから飲むので、その男性アナウンサーの気持はよくわかるし、ぜったいに拒否してほしいと思いながら聞いていたのである。だから、実際に飲んでしまったときには、はやし立てているひとたちに本当に怒りを感じた。
このような、人に苦痛を与えて喜ぶような文化が、こうした放送をやっている人にもあるのかと思って、そのことは、今でも鮮明に覚えているのである。それから、その番組は聞かなくなったし、何十年も前のことなので、今は番組自体がない。だが、こうした文化は、学校でのいじめの芽をつくりだしていることは、充分に考えられる。今回のフジの騒動をみていると、公共性をもったメディアでありながら、本当に無責任な人たちが牛耳っている部分があるのだと、憤りを感じざるをえない。
田中将大問題で感じること ― 2024年12月13日 21:41
現在の日本プロ野球界における屈指の名投手である田中将大が、楽天から自ら身を引く形で自由契約選手となり、新天地で活躍したいという希望を表明しながら、いまだに田中を獲得しようという球団が現われないという、たいへん注目される事態になっている。田中がなぜ、自由契約を望んだのか、なぜこれほどの実力ある投手を、どの球団もとろうとしないのか、その他さまざまなことが、実に多くの人によって意見表明されている。そういう中で、楽天球団で起った安楽選手のハラスメント問題が尾をひいているという見方が、多数だされていることにたいしてだろうと思われるが、田中が法的措置をとるかも知れないと宣言したように報道されている。
多くの人が指摘しているように、田中が楽天を退団した際、そしてその後の行動については、田中をとりたいと思っていても、それを躊躇しかねないような行為のように思われている。「自分が必要とされていないと感じた」とか、ニューヨーク・ヤンキースから楽天に移籍したときに、「もっといい条件を提示してくれた球団もあったが」などという発言などは、やはり、私が聞いても、言い方が適切ではないように感じられる。ただ、私の感覚では、やはり「法的措置」発言が、もっとも言ってはならないものだったと思うのである。まさか、実際に提訴したりはしないだろうが、そういう発言をすること自体の悪影響を考えなかったとしたら、少々未熟さを感じてしまう。
詳しいことは私も知らないが、安楽が、後輩選手たちにハラスメントをしたということで、退団せざるをえなくなったわけだが、その際、田中がそのハラスメントを黙認していた、あるいは煽っていた、さらには、自身もかかわっていたというようなことが、ネットでいわれていたわけである。私自身、そうした書き込みを少なからず読んだ。そして、私自身はみていないのだが、そういう書き込みには、安楽のやっているハラスメント行為を映した動画があり、そこでは田中が笑ってみていた姿が映っているという。それを「みた」という複数の書き込みがあったから、おそらく間違いないのだろう。田中自身のいいたいことは、自分は安楽のハラスメントにはまったく関わっていないということだろう、だから、そうした書き込みは誹謗中傷であり、名誉毀損であるということなのだが、そうした動画があれば、法的措置をとっても、田中の主張が通る可能性は低いと思われる。
それよりも、法的措置をとる、などという発言をしてしまうことが、抑圧的姿勢を感じさせてしまう。スポーツの世界では、しごきなどのハラスメント的行為は、とくに以前は日常茶飯事だったし、いまでもそうした体質がある団体も少なくないだろう。そうした背景を考えれば、田中の法的措置発言は、ハラスメント的体質を田中がもっていると感じさせてしまうのではなかろうか。ほんとうにないのであれば、田中はyoutubeをやっているようだし、また記者会見をすることも可能なのだから、そういう手段をもちいて、真実はこうだった、と公表すればよいのである。松本人志がそうであるように、みずから世間に説明せず、法的措置をとると言うことは、(松本は実際に提訴したわけだが)むしろ逆効果、つまり、ほんとうはそういうことがあったのではないか、という受取りをされがちなのである。
球界に居場所を見つけるのは、多くの人が指摘しているように、ネガティブな対応ではなく、自分の努力によるのではなかろうか。
多くの人が指摘しているように、田中が楽天を退団した際、そしてその後の行動については、田中をとりたいと思っていても、それを躊躇しかねないような行為のように思われている。「自分が必要とされていないと感じた」とか、ニューヨーク・ヤンキースから楽天に移籍したときに、「もっといい条件を提示してくれた球団もあったが」などという発言などは、やはり、私が聞いても、言い方が適切ではないように感じられる。ただ、私の感覚では、やはり「法的措置」発言が、もっとも言ってはならないものだったと思うのである。まさか、実際に提訴したりはしないだろうが、そういう発言をすること自体の悪影響を考えなかったとしたら、少々未熟さを感じてしまう。
詳しいことは私も知らないが、安楽が、後輩選手たちにハラスメントをしたということで、退団せざるをえなくなったわけだが、その際、田中がそのハラスメントを黙認していた、あるいは煽っていた、さらには、自身もかかわっていたというようなことが、ネットでいわれていたわけである。私自身、そうした書き込みを少なからず読んだ。そして、私自身はみていないのだが、そういう書き込みには、安楽のやっているハラスメント行為を映した動画があり、そこでは田中が笑ってみていた姿が映っているという。それを「みた」という複数の書き込みがあったから、おそらく間違いないのだろう。田中自身のいいたいことは、自分は安楽のハラスメントにはまったく関わっていないということだろう、だから、そうした書き込みは誹謗中傷であり、名誉毀損であるということなのだが、そうした動画があれば、法的措置をとっても、田中の主張が通る可能性は低いと思われる。
それよりも、法的措置をとる、などという発言をしてしまうことが、抑圧的姿勢を感じさせてしまう。スポーツの世界では、しごきなどのハラスメント的行為は、とくに以前は日常茶飯事だったし、いまでもそうした体質がある団体も少なくないだろう。そうした背景を考えれば、田中の法的措置発言は、ハラスメント的体質を田中がもっていると感じさせてしまうのではなかろうか。ほんとうにないのであれば、田中はyoutubeをやっているようだし、また記者会見をすることも可能なのだから、そういう手段をもちいて、真実はこうだった、と公表すればよいのである。松本人志がそうであるように、みずから世間に説明せず、法的措置をとると言うことは、(松本は実際に提訴したわけだが)むしろ逆効果、つまり、ほんとうはそういうことがあったのではないか、という受取りをされがちなのである。
球界に居場所を見つけるのは、多くの人が指摘しているように、ネガティブな対応ではなく、自分の努力によるのではなかろうか。
羽鳥モーニングショーのマイナー保険証議論が不思議 ― 2024年10月24日 17:34
今日朝ごはんを食べながら、羽鳥モーニングショーを見ていたら、途中からマイナー保険証の話題にはいり、いろいろと議論していた。12月から原則マイナー保険証に統一され、既存の保険証は使えなくなる。しばらくは、代替の紙ベースの保険証が配布されるようだが、マイナー保険証に登録している人には、もちろんこない。私自身は、先日歯医者にいって、歯の治療をしてきた際に、通常の保険証からマイナー保険証に登録してきた。基本的に反対ではないが、これまでめったに医療機関に行かなかったので、その機会がなかったのである。
さて、私が理解している上での、紙ベースの現行保険証を、やめるべきであるという、あるいはやめなければならないという意味での理由は、「不正使用を防ぐため」である。現在、正規に身分証明証として機能しているのは、もっとも多くが運転免許証であるが、その他にパスポートと健康保険証がある。ただし、運転免許証とパスポートは国民全員がもっているわけではなく、国民全体がもっているはずの健康保険証も、身分証明のために認められている。つまり現行システムでは、健康保険証の身分証明能力をやめてしまうと、身分を証明する手段をもたない人がでてきてしまうという、絶対に避けなければならないことになってしまう。
ところが、健康保険証は、ほんとうの意味では、本人の証明能力はないのである。ここが問題である。そのために、不正利用がかなりなされているといわれている。実際にどの程度の被害があるかは、私にはわからないし、厳密には、政府もつかんでいないだろうが、しかし、不正利用できるようなものであることは事実だ。そして、健康保険が不正使用されるということは、国民が支払った保険料が、不正に、つかわれることになる。外国人でも、正規に入国滞在しているひとたちは、なんらかの保険措置をとっているだろうが、不法滞在しているひとたちは、当然保険証などはもっていない。しかし、かれらだって病気にはなるだろう。医療機関を利用しなければならないときには、知り合いから借りるとか、あるいは盗んだり、偽造して、医療機関にかかるひとがでてきても、まったくおかしくないのである。保険証には本人の写真がないから、それを出されれば、医療機関としては受け入れざるをえないだろう。
だから、その対策として、写真付きの保険証が必要となるわけである。保険証に、写真をつけることを義務つけることも方法としてはありだが、それこそ莫大な費用がかかるだろう。マイナンバーカードを活用するほうが、ずっと経済的であるし、他のコストもかからない。そういう意味では、マイナー保険証は、必要なものだともいえるのである。
しかし、羽鳥モーニングショーの議論では、この点がまったくふれられていないのである。玉川氏などは、運転免許証もマイナー免許証になるが、しかし、従来の免許証も残すことになっている例をもちだして、同じようにすればいいではないか、などと見当はずれのことを強調していたが、免許証には顔写真があるから、廃止する必要はないのである。番組全体として、このようなことをまったく問題にしていないし、誰もそういう点での発言をしないのが、ほんとうに不思議だった。玉川氏は、公的サービスをうけるのに、本人確認が必要でないと考えているのであろうか。なにか、組織にいって、サービスをうけるときには、(たとえば郵便局に不在郵便をとりにいくときでも)本人確認を求められる。多くは免許証を出すだろう。もっていない人は、健康保険証を出すわけだ。しかし、それがほんとうの意味で本人確認にならないことは、既に述べた。考えてみれば、医療機関で医療をうけるときには、正確な意味での本人確認をせずに、医療サービスを提供し、健康保険からの支出がなされるわけだが、システム的に不用心であり、早急の改善が必要なのではないだろうか。
テレ朝には、質問をしてみようと思う。次回の番組では、ぜひ、不正使用で莫大な保険料不正使用がなされていることを放置してもいいのか、きちんととりあげてほしいものだ。
さて、私が理解している上での、紙ベースの現行保険証を、やめるべきであるという、あるいはやめなければならないという意味での理由は、「不正使用を防ぐため」である。現在、正規に身分証明証として機能しているのは、もっとも多くが運転免許証であるが、その他にパスポートと健康保険証がある。ただし、運転免許証とパスポートは国民全員がもっているわけではなく、国民全体がもっているはずの健康保険証も、身分証明のために認められている。つまり現行システムでは、健康保険証の身分証明能力をやめてしまうと、身分を証明する手段をもたない人がでてきてしまうという、絶対に避けなければならないことになってしまう。
ところが、健康保険証は、ほんとうの意味では、本人の証明能力はないのである。ここが問題である。そのために、不正利用がかなりなされているといわれている。実際にどの程度の被害があるかは、私にはわからないし、厳密には、政府もつかんでいないだろうが、しかし、不正利用できるようなものであることは事実だ。そして、健康保険が不正使用されるということは、国民が支払った保険料が、不正に、つかわれることになる。外国人でも、正規に入国滞在しているひとたちは、なんらかの保険措置をとっているだろうが、不法滞在しているひとたちは、当然保険証などはもっていない。しかし、かれらだって病気にはなるだろう。医療機関を利用しなければならないときには、知り合いから借りるとか、あるいは盗んだり、偽造して、医療機関にかかるひとがでてきても、まったくおかしくないのである。保険証には本人の写真がないから、それを出されれば、医療機関としては受け入れざるをえないだろう。
だから、その対策として、写真付きの保険証が必要となるわけである。保険証に、写真をつけることを義務つけることも方法としてはありだが、それこそ莫大な費用がかかるだろう。マイナンバーカードを活用するほうが、ずっと経済的であるし、他のコストもかからない。そういう意味では、マイナー保険証は、必要なものだともいえるのである。
しかし、羽鳥モーニングショーの議論では、この点がまったくふれられていないのである。玉川氏などは、運転免許証もマイナー免許証になるが、しかし、従来の免許証も残すことになっている例をもちだして、同じようにすればいいではないか、などと見当はずれのことを強調していたが、免許証には顔写真があるから、廃止する必要はないのである。番組全体として、このようなことをまったく問題にしていないし、誰もそういう点での発言をしないのが、ほんとうに不思議だった。玉川氏は、公的サービスをうけるのに、本人確認が必要でないと考えているのであろうか。なにか、組織にいって、サービスをうけるときには、(たとえば郵便局に不在郵便をとりにいくときでも)本人確認を求められる。多くは免許証を出すだろう。もっていない人は、健康保険証を出すわけだ。しかし、それがほんとうの意味で本人確認にならないことは、既に述べた。考えてみれば、医療機関で医療をうけるときには、正確な意味での本人確認をせずに、医療サービスを提供し、健康保険からの支出がなされるわけだが、システム的に不用心であり、早急の改善が必要なのではないだろうか。
テレ朝には、質問をしてみようと思う。次回の番組では、ぜひ、不正使用で莫大な保険料不正使用がなされていることを放置してもいいのか、きちんととりあげてほしいものだ。
鬼平犯科帳 がっかりする話3 瓶割り小僧 ― 2024年08月29日 20:44
鬼平犯科帳ネタで「がっかりする話」を2回、中途半端になっているので、もう少し続けてみたい。優に100を越える話があるのだからは、どれもが優れた出来ばえというわけにはいかない。何度か書いているように、ある回の話と別の回の話が、辻褄が合わないことも、けっこうある。しかし、それでも全体として、小説、ドラマを含めて、鬼平犯科帳の面白さはとびきりのものだと思う。
そういうなかで、がっかりする話として、今回とりあげるのは、「瓶割り小僧」だが、これは、実は、作者の池波正太郎が、気に入った話の5つのなかにいれているものなのだ。だから、池波は、この話を非常によくできたものだと考えていたことは、間違いがない。しかし、私は何度読んでも、あまり感心しないのだ。
話の筋はこんなところだ。
この話の前のことだが、旗本の息子に小便をかけてしまい、ころされそうになっているところを必死でとめて助けた(最終的には平蔵に助けられるのだが)盗賊の高萩の捨て五郎が、怪我を癒している間に、平蔵に説得されて密偵になっている。そして、足ならしででかけた先で、偶然、盗賊の石川五兵衛を発見するところから、この物語が始まるわけである。捨て五郎は五兵衛の顔見知りなので、同伴していた彦十が五兵衛のあとをつけ、翌日宿屋で逮捕される。
そして、普段容疑者の取り調べ(拷問に近いことが行われる)に関与しない小林金弥が、取り調べを命じられるのだが、なれないせいか、黙秘する五兵衛にてこずっている。その様子を平蔵は別室からみているわけだが、はっきりしないが、なんとなく過去にあっているような気がしている。自室に帰るときに、お茶を運んできた小者が、茶わんを落として割れてしまう。その音で、昔のことを平蔵は思い出すことになる。
それは20年前のことだが、京都奉行だった父がなくなって、江戸に帰って家督をついだ平蔵が、用事で麻布にでかけ、刀の研ぎ師の店にたちよったところ、真向かいの瀬戸物屋で子どもと主人梅吉が争っている。子どもたちがうるさいので梅吉は追い払うのだが、一人音松は立ち去らず、自分は客だといいはる。そして、大きな瓶をふたつ買うというのだ。子どもにはとうていもてないし、お金も払えないと馬鹿にした梅吉は、自分でもって帰るという条件をつけて、6文で売るという。音松は4文銭を2枚わたして、「釣りはいらない」という。そして、さあもって帰れ、といわれると、大きな石で、瓶を割ってしまう。「オレのものだから、割るのは自由だ、破片にしてもってかえるのだ」といって、立ち去ってしまう。それをみていた梅吉の義理の弟の浪人赤松が、音松をおいかけ、切りかかる。音松は恐怖で助けてくれと懇願するが、おいかけてきた平蔵に救われるわけである。そのとき、平蔵は、気がついた音松に、「大人を莫迦にするな」「莫迦な大人ばかりではない」と諭し、逃がしてやる。
そこで、ふたたび20年後に戻り、翌日、平蔵直々の取り調べが行われる。当初五兵衛は前日と同じように平蔵を無視していたが、平蔵を「どこかでみたような」と思い、そして、ついに思い出してしまう。そして、平蔵に平伏してしまうのである。
平蔵の裁きをみていた小林金弥と筆頭与力の佐嶋にたいして、自分はたまたま彼のことを知っていたので、白状させることができたのだ、といい、音松が義父を殺害して、母を捨てて逃げたという白状にたいして、音松にもっと目をかけてやる大人はいればよかったと語り、赤松は、瀬戸物やの主人である義兄がなくなったあと、あとを継ぎ、平蔵も目をかけてやったと語って、酒になったところで物語が終る。
ではどういう点にがっかりするのか。
まず、捨て五郎が五兵衛を見つける場面だが、最初どの程度の距離があったかは書かれていないが、本所弥勒寺まえの茶店にいるのだから、けっこうにぎやかだったはずである。そして、五兵衛は頭巾をかぶっており、「両頰から顎のあたりまで隠れていた」状態だった。捨て五郎は、五兵衛に以前仕事を斡旋されてあったことがあるが、「一目で嫌気がさした」というのだから、そのとき一度あっただけに違いない。にもかかわらずこの場面で、「一瞬の間に見破った」のは、いかに「捨て五郎の眼力」が優れていても、かなり不自然ではなかろうか。しかも、すぐに捨て五郎は、五兵衛のことを彦十に告げて、店の奥にいってしまうのである。
そして、すぐに彦十は追跡して、宿屋をつきとめ、五兵衛は、翌日捕縛される。
いかに江戸時代とはいえ、五兵衛は「江戸ではまったく盗みをしたことがない」のだし、捕まったときに、現行犯でもないのだから、なんら証拠がないわけである。いくら火盗改めとはいえ、誰であるかもまったくわかっていない人物を、拷問まで含めた取り調べをするだろうか。彼が盗賊であることは、まったく確証がないのである。あるのは捨て五郎の証言だけだ。捨て五郎に面通しをさせているわけでもないようだから、ほんの一瞬のため、見間違えの可能性だってある。しかし、そういうことは、ここでは露考えられていない。
次に、何故五兵衛は、2、3年に一度江戸にやってくるのか。生れ故郷といっても、義父に虐待され、最後は義父を殺害して、逃亡した場所である。母親がいきていて会いに来るということも考えられるが、殺人犯なのだから、近所の者に通報される恐れがある。しかも、江戸には「鬼の平蔵」が活動しているのである。通常は、そんな江戸には絶対にいかないのではないだろうか。しかも、堂々と宿に泊まっているのである。ここに不自然さを感じてしまう。
もちろん、このふたつの要素がなければ、この物語は成立しないのだから、不可欠なのだろう。だがもう少し自然さがほしい。
五兵衛の義父殺しについては、五兵衛の白状によって、平蔵たちは知ったことになっているのだが、平蔵は、瓶割りの事件以後も、切りつけようとした赤松と交流しているのだから、義父殺しについて聞いているはずである。義父とはいえ親殺しであり、通常の殺人より重罪である。逆にいえば、五兵衛が自白したことも不自然にみえてくる。江戸以外では盗みの罪は、捨て五郎の進言で言い逃れできないとしても、まさか、捨て五郎が、この殺人まで知っているはずもないのだから、わざわざ罪を重くするようなことはいわないだろう。
盗賊が裁かれたときには、多くが具体的な処分について触れられているが、この場合は、明日から小林がより詳細に尋問するという、途中経過で終っている。なんとなく物足りない感もあるが、獄門は明白なのでぼかしたのだろう。
このように、私には不満なところが多いのだが、作者はなぜ、これを優れた5本に含めたのだろうか。
考えられるのは、自白を引きだす機微がうまくできているし、平蔵の人間理解が滲み出ているのだが、構成の巧みさなのかと考えられる。最初に紹介した粗筋は、時系列に組み直してあるが、原作では、場面がこまぎれに転換していく。
小林金弥のうまくいかない尋問の様子→別室でみている平蔵が記憶を呼び起こしている→うまくいかない翌日再び小林による尋問→5日前の捨て五郎による五兵衛発見の場面→翌日捨て五郎の進言で逮捕→尋問の場面で、戻る途中で小者が茶わんをわることで思い出す
ここまでが(一)で(二)は20年前の瓶割りの場面が語られる。(三)も引き続き瓶割りの場面だが、途中で音松の家庭の事情が説明される。そして、赤松が音松をおそい、平蔵が助ける場面。(四)が平蔵による尋問で、五兵衛が自白、夕餉のやりとり、という展開である。
そして、瓶割りの場面以外は、非常に短い挿話のように転換していく。下手すると、展開がわかりにくくなって、興味が失せていくことに陥りやすいのだが、ここでは、「なぜ?」という疑問が自然にわきおこり、それを説明する場面が続く、というように、知りたい場面が続いていくので、挿入が興味を増していくように働いているのだ。こうした構成上の工夫がうまくいったと、作者は考えたのではないかと解釈してみた。
構成の巧みさに惹かれるか、不自然さに不満が残るか、ぜひ原文を読んでみてほしい。(文庫本では21巻にある)
そういうなかで、がっかりする話として、今回とりあげるのは、「瓶割り小僧」だが、これは、実は、作者の池波正太郎が、気に入った話の5つのなかにいれているものなのだ。だから、池波は、この話を非常によくできたものだと考えていたことは、間違いがない。しかし、私は何度読んでも、あまり感心しないのだ。
話の筋はこんなところだ。
この話の前のことだが、旗本の息子に小便をかけてしまい、ころされそうになっているところを必死でとめて助けた(最終的には平蔵に助けられるのだが)盗賊の高萩の捨て五郎が、怪我を癒している間に、平蔵に説得されて密偵になっている。そして、足ならしででかけた先で、偶然、盗賊の石川五兵衛を発見するところから、この物語が始まるわけである。捨て五郎は五兵衛の顔見知りなので、同伴していた彦十が五兵衛のあとをつけ、翌日宿屋で逮捕される。
そして、普段容疑者の取り調べ(拷問に近いことが行われる)に関与しない小林金弥が、取り調べを命じられるのだが、なれないせいか、黙秘する五兵衛にてこずっている。その様子を平蔵は別室からみているわけだが、はっきりしないが、なんとなく過去にあっているような気がしている。自室に帰るときに、お茶を運んできた小者が、茶わんを落として割れてしまう。その音で、昔のことを平蔵は思い出すことになる。
それは20年前のことだが、京都奉行だった父がなくなって、江戸に帰って家督をついだ平蔵が、用事で麻布にでかけ、刀の研ぎ師の店にたちよったところ、真向かいの瀬戸物屋で子どもと主人梅吉が争っている。子どもたちがうるさいので梅吉は追い払うのだが、一人音松は立ち去らず、自分は客だといいはる。そして、大きな瓶をふたつ買うというのだ。子どもにはとうていもてないし、お金も払えないと馬鹿にした梅吉は、自分でもって帰るという条件をつけて、6文で売るという。音松は4文銭を2枚わたして、「釣りはいらない」という。そして、さあもって帰れ、といわれると、大きな石で、瓶を割ってしまう。「オレのものだから、割るのは自由だ、破片にしてもってかえるのだ」といって、立ち去ってしまう。それをみていた梅吉の義理の弟の浪人赤松が、音松をおいかけ、切りかかる。音松は恐怖で助けてくれと懇願するが、おいかけてきた平蔵に救われるわけである。そのとき、平蔵は、気がついた音松に、「大人を莫迦にするな」「莫迦な大人ばかりではない」と諭し、逃がしてやる。
そこで、ふたたび20年後に戻り、翌日、平蔵直々の取り調べが行われる。当初五兵衛は前日と同じように平蔵を無視していたが、平蔵を「どこかでみたような」と思い、そして、ついに思い出してしまう。そして、平蔵に平伏してしまうのである。
平蔵の裁きをみていた小林金弥と筆頭与力の佐嶋にたいして、自分はたまたま彼のことを知っていたので、白状させることができたのだ、といい、音松が義父を殺害して、母を捨てて逃げたという白状にたいして、音松にもっと目をかけてやる大人はいればよかったと語り、赤松は、瀬戸物やの主人である義兄がなくなったあと、あとを継ぎ、平蔵も目をかけてやったと語って、酒になったところで物語が終る。
ではどういう点にがっかりするのか。
まず、捨て五郎が五兵衛を見つける場面だが、最初どの程度の距離があったかは書かれていないが、本所弥勒寺まえの茶店にいるのだから、けっこうにぎやかだったはずである。そして、五兵衛は頭巾をかぶっており、「両頰から顎のあたりまで隠れていた」状態だった。捨て五郎は、五兵衛に以前仕事を斡旋されてあったことがあるが、「一目で嫌気がさした」というのだから、そのとき一度あっただけに違いない。にもかかわらずこの場面で、「一瞬の間に見破った」のは、いかに「捨て五郎の眼力」が優れていても、かなり不自然ではなかろうか。しかも、すぐに捨て五郎は、五兵衛のことを彦十に告げて、店の奥にいってしまうのである。
そして、すぐに彦十は追跡して、宿屋をつきとめ、五兵衛は、翌日捕縛される。
いかに江戸時代とはいえ、五兵衛は「江戸ではまったく盗みをしたことがない」のだし、捕まったときに、現行犯でもないのだから、なんら証拠がないわけである。いくら火盗改めとはいえ、誰であるかもまったくわかっていない人物を、拷問まで含めた取り調べをするだろうか。彼が盗賊であることは、まったく確証がないのである。あるのは捨て五郎の証言だけだ。捨て五郎に面通しをさせているわけでもないようだから、ほんの一瞬のため、見間違えの可能性だってある。しかし、そういうことは、ここでは露考えられていない。
次に、何故五兵衛は、2、3年に一度江戸にやってくるのか。生れ故郷といっても、義父に虐待され、最後は義父を殺害して、逃亡した場所である。母親がいきていて会いに来るということも考えられるが、殺人犯なのだから、近所の者に通報される恐れがある。しかも、江戸には「鬼の平蔵」が活動しているのである。通常は、そんな江戸には絶対にいかないのではないだろうか。しかも、堂々と宿に泊まっているのである。ここに不自然さを感じてしまう。
もちろん、このふたつの要素がなければ、この物語は成立しないのだから、不可欠なのだろう。だがもう少し自然さがほしい。
五兵衛の義父殺しについては、五兵衛の白状によって、平蔵たちは知ったことになっているのだが、平蔵は、瓶割りの事件以後も、切りつけようとした赤松と交流しているのだから、義父殺しについて聞いているはずである。義父とはいえ親殺しであり、通常の殺人より重罪である。逆にいえば、五兵衛が自白したことも不自然にみえてくる。江戸以外では盗みの罪は、捨て五郎の進言で言い逃れできないとしても、まさか、捨て五郎が、この殺人まで知っているはずもないのだから、わざわざ罪を重くするようなことはいわないだろう。
盗賊が裁かれたときには、多くが具体的な処分について触れられているが、この場合は、明日から小林がより詳細に尋問するという、途中経過で終っている。なんとなく物足りない感もあるが、獄門は明白なのでぼかしたのだろう。
このように、私には不満なところが多いのだが、作者はなぜ、これを優れた5本に含めたのだろうか。
考えられるのは、自白を引きだす機微がうまくできているし、平蔵の人間理解が滲み出ているのだが、構成の巧みさなのかと考えられる。最初に紹介した粗筋は、時系列に組み直してあるが、原作では、場面がこまぎれに転換していく。
小林金弥のうまくいかない尋問の様子→別室でみている平蔵が記憶を呼び起こしている→うまくいかない翌日再び小林による尋問→5日前の捨て五郎による五兵衛発見の場面→翌日捨て五郎の進言で逮捕→尋問の場面で、戻る途中で小者が茶わんをわることで思い出す
ここまでが(一)で(二)は20年前の瓶割りの場面が語られる。(三)も引き続き瓶割りの場面だが、途中で音松の家庭の事情が説明される。そして、赤松が音松をおそい、平蔵が助ける場面。(四)が平蔵による尋問で、五兵衛が自白、夕餉のやりとり、という展開である。
そして、瓶割りの場面以外は、非常に短い挿話のように転換していく。下手すると、展開がわかりにくくなって、興味が失せていくことに陥りやすいのだが、ここでは、「なぜ?」という疑問が自然にわきおこり、それを説明する場面が続く、というように、知りたい場面が続いていくので、挿入が興味を増していくように働いているのだ。こうした構成上の工夫がうまくいったと、作者は考えたのではないかと解釈してみた。
構成の巧みさに惹かれるか、不自然さに不満が残るか、ぜひ原文を読んでみてほしい。(文庫本では21巻にある)
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