松本人志問題を考えるーー訴訟を軸に ― 2024年01月09日 19:43
松本人志問題は、訴訟に力を注ぐために、芸能活動を一時中止するという事態になった。この点を報道する文章やそれに対するコメントなどを読んでいると、勘違いしていると思われるものが散見される。そうした勘違いを訂正することが必要かと思うことと、自分なりの考えを整理してみたいと思った。
まず、当人が訴訟に注力するために活動を中止するというのは、いかにも苦しいいいわけである。そもそも訴訟といっても民事訴訟だろうから、実際の作業はほとんど弁護士に任せ、当人は、必要なときに情報提供する程度である。口頭弁論も多くても月1であり、2月に1度ということもある。実際の裁判は、ほとんどが書面の交換であり、裁判らしいことがおこなわれるのは、証人尋問のときだけで、原告側、被告側の証人が証言するときだけである。だから、訴訟に時間とエネルギーを必要として、芸能活動ができないなどということはないのだ。逆にいえば、芸能活動中止は、スポンサーなどの対応のために、追い込まれたと理解されるだろう。
訴訟に関して、橋下、東国原両氏その他から、無責任な言論を制限するために、損害賠償の額を飛躍的に高めるべきである、という意見が出されている。そのこと自体には、賛成であり、特に大手メディアがこのように大々的に報じたものが、事実無根であり、多大の損害を書かれた側に生じさせたりする場合には、現在の名誉毀損が認められたときの賠償額は低すぎると思う。個人のSNS等での書き込みによる賠償の場合は、実際に多額の賠償金を命じても、支払うことが不可能になってしまうから、より現実的な額を命じるほうが合理性があるようには思われるが。
ただ、両氏とも、松本氏の主張が認められる可能性が高いような雰囲気での文章だが、私は、松本氏が勝訴する可能性は極めて低いと思う。
まず、これまでいろいろな場で松本氏が発言したきた内容が、明らかにされているが、そうしたことから考えると、文春が報じたことは、いかにもありそうなことだと感じられる。そして、松本、小沢両当事者の対応が、まったく事実無根であるとは感じられないことである。小沢氏は、まったくのノーコメントを貫いている。否定をしていないのである。また、松本氏は、件のパーティのあとに、女性が小沢氏に送ったとされるラインについて、それを提示しつつ、「とうとうでたね」と書き込んだ。つまり、その日おこなわれたことが記事とは違ったとしても、パーティがあったことは、事実上認めてしまったわけである。つまり、吉本側の全否定とあきらかに矛盾する対応をとっている。
こうした書かれた側の対応から考えても、記事の詳細はどうあれ、大筋は間違いないと考えるのが自然だろう。
第二に、文春についてである。文春は、間違った記事を掲載したことがあることは知られているが、一般のメディアが報じない、社会的問題を勇敢に報道して、問題提起をしたことが度々あることはよく知られており、また、取材を尽くすことも一般的に認められている。実際に、私自身、文春の取材を受けたことがあるのだ。私の同僚のおこした事件に関して、事件がおきてすぐに、私の自宅まで取材記者がやってきた。正直驚いたが、そのときの取材は、礼儀正しいものだったし、こちらの意に反するようなことはまったくなかった。しかし、徹底取材をしていることは感じられた。ジャニーズ問題をとりあげたときにも、訴訟対策は十分していたのだろうから、もっとも重要な部分では勝訴したわけである。
そして、名誉毀損裁判とはどのようなものなのかということだ。
名誉毀損とは、いわれた者の社会的評価を低下させるような文章、放送等々の表現行為をさすが、これだけであれば、文春の記事は、明確に名誉毀損的内容である。しかし、名誉毀損の認定には、ふたつの違法性阻却事由というのがある。つまり、このふたつを同時に満たしていれば、実質的に名誉毀損的内容であっても、違法ではないと認定されるのである。
ひとつは、「公益性」である。つまり、公人とされる人が、社会的に問題ある行為をしているときに、それを暴露して、その行為を止めさせるように表現している場合である。公人とは、政治家や影響力のつよい公務員などが中心だが、公共放送のなかで大きな役割を果たしている芸能人たちも、通常公人扱いをされるだろう。もちろん、公人にもプライバシーはあるから、その線引きも重要になる。
この公益性について、今回の事例は、間違いなく当てはまる。松本氏は、テレビ界の大物であり、それだけではなく、各種公的な役割も果たしている。そして、報じられた行為は、あきらかに反社会的なものであり、それを止めさせることは公益といえる。
次は、「事実」あるいは「事実相当性」であること。公益性があって、事実であれば、その表示は名誉毀損と認定されることはないが、事実ではなかったとしても、それが事実であると信じるにたるような十分な理由があるときには、事実相当性として、やはり、違法性が阻却されるのである。
メディアでの書き込みで、「証拠」があるのか、などという人が多数いるが、民事だから、証拠は必須ではない。被害者とされるひとが証人として登場し、その証言が事実だと思われれば、事実相当性の認定となるのである。ジャニーズ裁判でも、少年たちの証言にたいして、ジャニー氏が「うそとはいえない」と証言したことが決め手だったとされる。本当なのに嘘だ、と証言すれば、偽証罪になるから、裁判の場で嘘の証言をすることはそのこと自体が刑事罰の対象になるので、きわめて危険なのである。だから、松本氏が、被害者の証言が、事実であるのに、そんなことはなかった、ということは難しい。相手の名誉毀損(不法行為)を認めさせることと、自分が偽証罪という刑事罰をうける危険を考えれば、正直に答えざるをえないわけである。(もちろん、女性たちが証言にたつことが前提で、証言を拒否して、報道をひっくりかえしたら、文春の敗訴になる。しかし、弁護士立ち会いの取材だったのだから、証言が必要であればするのではないだろうか。)
このように考えると、やはり、裁判をしても、松本氏に勝ち目はほとんどないと考えざるをえないのである。
橋下透氏は、松本氏が勝訴するには、プライバシー侵害だろうといっているが、これは同意できない。今回の記事が名誉毀損にならないとすれば、真実、真実相当性があるということだから、複数名による性加害行為がおこなわれたということであり、時効が成立しているから、刑事罰を課すことはできないが、少なくともそうした事実があったという報道は認められるはずであり、それはプライバシー侵害とはいえない。これがプライバシー侵害であれば、犯罪報道はほとんどできなくなる。完全に合意であったのであれば、プライバシー侵害でもあるだろうし、また、名誉毀損が成立するのである。
最後に、被害者はなぜこれまで黙っていたのか、警察に行かなかったのか、と非難している人がたくさんいることに驚いた。彼等はジャニーズ事件をどのように受とめたのだろうか。最高裁が性加害を認定したあとも、そして、国会で自民党議員が警察に操作をうながしたあとも、警察は一切動かなかったのである。何千人も被害者がいるといわれているから、当然警察に訴えた人もいただろう。
警察にいって、根掘り葉掘り聴かれて、それでもとりあげてもらえなければ、二重三重の苦しみだろう。
警察に駆け込まなかったからといって、被害者を非難するのは、まったく筋違いであろう。そして、当人は、なぜ今になって、ということを説明している。ジャニーズ事件で被害者が名乗りをあげたことにはげまされたと語っているのである。納得のいく話だ。
文春の記事の細目まで正しいかどうかはわからないが、松本氏が名誉を回復できるほどに勝訴するとは思えない。
まず、当人が訴訟に注力するために活動を中止するというのは、いかにも苦しいいいわけである。そもそも訴訟といっても民事訴訟だろうから、実際の作業はほとんど弁護士に任せ、当人は、必要なときに情報提供する程度である。口頭弁論も多くても月1であり、2月に1度ということもある。実際の裁判は、ほとんどが書面の交換であり、裁判らしいことがおこなわれるのは、証人尋問のときだけで、原告側、被告側の証人が証言するときだけである。だから、訴訟に時間とエネルギーを必要として、芸能活動ができないなどということはないのだ。逆にいえば、芸能活動中止は、スポンサーなどの対応のために、追い込まれたと理解されるだろう。
訴訟に関して、橋下、東国原両氏その他から、無責任な言論を制限するために、損害賠償の額を飛躍的に高めるべきである、という意見が出されている。そのこと自体には、賛成であり、特に大手メディアがこのように大々的に報じたものが、事実無根であり、多大の損害を書かれた側に生じさせたりする場合には、現在の名誉毀損が認められたときの賠償額は低すぎると思う。個人のSNS等での書き込みによる賠償の場合は、実際に多額の賠償金を命じても、支払うことが不可能になってしまうから、より現実的な額を命じるほうが合理性があるようには思われるが。
ただ、両氏とも、松本氏の主張が認められる可能性が高いような雰囲気での文章だが、私は、松本氏が勝訴する可能性は極めて低いと思う。
まず、これまでいろいろな場で松本氏が発言したきた内容が、明らかにされているが、そうしたことから考えると、文春が報じたことは、いかにもありそうなことだと感じられる。そして、松本、小沢両当事者の対応が、まったく事実無根であるとは感じられないことである。小沢氏は、まったくのノーコメントを貫いている。否定をしていないのである。また、松本氏は、件のパーティのあとに、女性が小沢氏に送ったとされるラインについて、それを提示しつつ、「とうとうでたね」と書き込んだ。つまり、その日おこなわれたことが記事とは違ったとしても、パーティがあったことは、事実上認めてしまったわけである。つまり、吉本側の全否定とあきらかに矛盾する対応をとっている。
こうした書かれた側の対応から考えても、記事の詳細はどうあれ、大筋は間違いないと考えるのが自然だろう。
第二に、文春についてである。文春は、間違った記事を掲載したことがあることは知られているが、一般のメディアが報じない、社会的問題を勇敢に報道して、問題提起をしたことが度々あることはよく知られており、また、取材を尽くすことも一般的に認められている。実際に、私自身、文春の取材を受けたことがあるのだ。私の同僚のおこした事件に関して、事件がおきてすぐに、私の自宅まで取材記者がやってきた。正直驚いたが、そのときの取材は、礼儀正しいものだったし、こちらの意に反するようなことはまったくなかった。しかし、徹底取材をしていることは感じられた。ジャニーズ問題をとりあげたときにも、訴訟対策は十分していたのだろうから、もっとも重要な部分では勝訴したわけである。
そして、名誉毀損裁判とはどのようなものなのかということだ。
名誉毀損とは、いわれた者の社会的評価を低下させるような文章、放送等々の表現行為をさすが、これだけであれば、文春の記事は、明確に名誉毀損的内容である。しかし、名誉毀損の認定には、ふたつの違法性阻却事由というのがある。つまり、このふたつを同時に満たしていれば、実質的に名誉毀損的内容であっても、違法ではないと認定されるのである。
ひとつは、「公益性」である。つまり、公人とされる人が、社会的に問題ある行為をしているときに、それを暴露して、その行為を止めさせるように表現している場合である。公人とは、政治家や影響力のつよい公務員などが中心だが、公共放送のなかで大きな役割を果たしている芸能人たちも、通常公人扱いをされるだろう。もちろん、公人にもプライバシーはあるから、その線引きも重要になる。
この公益性について、今回の事例は、間違いなく当てはまる。松本氏は、テレビ界の大物であり、それだけではなく、各種公的な役割も果たしている。そして、報じられた行為は、あきらかに反社会的なものであり、それを止めさせることは公益といえる。
次は、「事実」あるいは「事実相当性」であること。公益性があって、事実であれば、その表示は名誉毀損と認定されることはないが、事実ではなかったとしても、それが事実であると信じるにたるような十分な理由があるときには、事実相当性として、やはり、違法性が阻却されるのである。
メディアでの書き込みで、「証拠」があるのか、などという人が多数いるが、民事だから、証拠は必須ではない。被害者とされるひとが証人として登場し、その証言が事実だと思われれば、事実相当性の認定となるのである。ジャニーズ裁判でも、少年たちの証言にたいして、ジャニー氏が「うそとはいえない」と証言したことが決め手だったとされる。本当なのに嘘だ、と証言すれば、偽証罪になるから、裁判の場で嘘の証言をすることはそのこと自体が刑事罰の対象になるので、きわめて危険なのである。だから、松本氏が、被害者の証言が、事実であるのに、そんなことはなかった、ということは難しい。相手の名誉毀損(不法行為)を認めさせることと、自分が偽証罪という刑事罰をうける危険を考えれば、正直に答えざるをえないわけである。(もちろん、女性たちが証言にたつことが前提で、証言を拒否して、報道をひっくりかえしたら、文春の敗訴になる。しかし、弁護士立ち会いの取材だったのだから、証言が必要であればするのではないだろうか。)
このように考えると、やはり、裁判をしても、松本氏に勝ち目はほとんどないと考えざるをえないのである。
橋下透氏は、松本氏が勝訴するには、プライバシー侵害だろうといっているが、これは同意できない。今回の記事が名誉毀損にならないとすれば、真実、真実相当性があるということだから、複数名による性加害行為がおこなわれたということであり、時効が成立しているから、刑事罰を課すことはできないが、少なくともそうした事実があったという報道は認められるはずであり、それはプライバシー侵害とはいえない。これがプライバシー侵害であれば、犯罪報道はほとんどできなくなる。完全に合意であったのであれば、プライバシー侵害でもあるだろうし、また、名誉毀損が成立するのである。
最後に、被害者はなぜこれまで黙っていたのか、警察に行かなかったのか、と非難している人がたくさんいることに驚いた。彼等はジャニーズ事件をどのように受とめたのだろうか。最高裁が性加害を認定したあとも、そして、国会で自民党議員が警察に操作をうながしたあとも、警察は一切動かなかったのである。何千人も被害者がいるといわれているから、当然警察に訴えた人もいただろう。
警察にいって、根掘り葉掘り聴かれて、それでもとりあげてもらえなければ、二重三重の苦しみだろう。
警察に駆け込まなかったからといって、被害者を非難するのは、まったく筋違いであろう。そして、当人は、なぜ今になって、ということを説明している。ジャニーズ事件で被害者が名乗りをあげたことにはげまされたと語っているのである。納得のいく話だ。
文春の記事の細目まで正しいかどうかはわからないが、松本氏が名誉を回復できるほどに勝訴するとは思えない。
最近のコメント